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福岡地方裁判所 昭和34年(行)8号 判決

原告 白源九郎

被告 博多税務署長

訴訟代理人 小林定人 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三三年一〇月六日附でなした原告の昭和三二年度所得税の総所得金額を二、七三一、五〇〇円、同税額を八八〇、二六〇円、無申告加算税額を二〇三、五〇〇円とする旨の決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、原告は昭和三二年六月五日訴外株式会社白鍛工所に対し別紙目録記載の五筆の宅地(以下本件土地と略称する)を代金一、八〇〇、〇〇〇円で売渡したが、譲渡所得は零であつたため所得税の申告をしなかつたところ、被告は昭和三三年一〇月六日原告の総所得金額を給与所得五四六、九〇〇円譲渡所得二、一八四、六〇〇円合計二、七三一、五〇〇円、同税額を八八〇、二六〇円、給与所得に対する源泉税額を六六、一四〇円、納付すべき税額を八一四、一二〇円、無申告加算税額を二〇三、五〇〇円とする旨の決定をなした。

二、しかしながら、被告のなした右決定中、譲渡所得の決定については、本件土地の譲渡価額が一、八〇〇、〇〇〇円であるにもかかわらず、七、一一二、一三三円であると認定し、これに基いて二、一八四、六〇〇円とした違法がある。すなわち、本件土地の昭和三二年度における固定資産税課税標準価格は一、〇一七、一六〇円であつて、地方税法によると右価格とは適正な時価をいうとあるので、右価格をもつて所得税法における譲渡価額とするのが正当であるところ、原告の本件土地売渡価額は、前記のとおり右固定資産税課税標準価格を上廻る一、八〇〇、〇〇〇円であるから、これをもつて所得税算定の譲渡価額となすべきである。

三、よつて、被告のなした前記決定処分の取消を求めるため本訴に及んだ。」

と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、(1) 原告主張の請求原因一、の事実は認める。

(2) 同二、の事実中、被告が本件土地の譲渡価額を七、一一二、一三三円と認定したこと、本件土地の昭和三二年度固定資産税課税標準価格が一、〇一七、一六〇円であることは認めるがその余の事実は争う。

二、被告のなした本件決定は適法且つ正当であつてその理由は次のとおりである。

(1)  本件土地の譲渡時の価額

本件土地は、いずれも工場地域で正面だけが道路に面している矩形の土地であるが、被告は他の売買実例、精通者の意見等をも参酌して相続税及び贈与税における財産の評価額をもつてその譲渡時の価格と認定したのであつて、その算定方法は次に述べる路線価法によつた。

路線価法は経済事情の類似する一連の宅地に面する路線(不特定又は多数の者の通行の用に供されていない通路を除く)ごとに、路線に面している一連の宅地のうち、ほぼ中央に位し、当該一連の宅地に共通している地勢にあつて、且つ、当該路線だけに面している宅地で、工場地域内では最も中庸と認められる工場の奥行間数を有する矩形又は正方形の宅地の一坪当りの価額をもつて設定されたものである。

本件土地については、附近の宅地について精通者の意見を求めたところ、昭和三一年一〇月一日現在において一五、〇〇〇円乃至一一、〇〇〇円の答申があつたので、被告はこの価額を基として時価を一応一二、〇〇〇円と判定し、全国的均衝及び税務行政上の考慮から右金額の六六パーセント相当の七、九〇〇円をもつて、昭和三二年度の相続税及び贈与税における財産の評価の基準となる路線価と決定した。

しかして本件土地は前記の如く正面のみが道路に面する矩形の工場地域であり、奥行調整指数も一〇〇パーセントであるので(繁華街、商業地域、住宅地域では奥行間数が多くなるにつれ一定の割合で正面路線価が逓減せられる)、前記正面路線価七、九〇〇円に本件土地の坪数九〇〇・二七坪を乗じた七、一一二、一三三円をもつて譲渡時における本件土地の価額としたのである。

因みに、昭和三〇年九月の調査によれば、精通者は本件土地の北側隣接地である中比恵町一〇七番地の一について七、〇〇〇円乃至一〇、〇〇〇円平均八、二五〇円、道路をはさんだ南側の同町七九番地について四、五〇〇円乃至一〇、〇〇〇円平均七、一二五円と評定しており、本件土地に近接した同町一四〇番地及び一二一番地が昭和三三年三月坪九、〇九〇円で売買されている(この土地は、譲渡時においては田でありり、宅地造成費を考慮すれば優に一〇、〇〇〇円以上の価額となるわけである)。本件土地は交通の便もよく、附近は工場が密集して工場敷地としては最適であり、殊に博多駅移転計画に伴い年々価格の騰貴が著しい状態である。

(2)  譲渡所得の課税標準

本件土地は資産再評価法第九条により再評価がなされたとみなされるものであり、その譲渡所得の課税標準は所得税法(昭和三三年三月三一日法律第三九号による改正前のもの、以下同じ)第一〇条の四第二項第二号、第九条第一項、同項第八号により次のとおり計算される。

(譲渡金額-再評価額-15万円)×1/2

これを本件に適用すれば、原告は本件土地を財産税調査時期以前に取得しているから、その再評価額は財産税評価額六四、八一九円(賃貸価格八一〇円二四銭の八〇倍)を四〇倍した二、五九二、七六〇円である(資産再評価法第二一条第二項)。したがつて本件土地の譲渡所得の課税標準は次のとおり二、一八四、六〇〇円となる(昭和二五年法律第六一号第五条により端数切捨)。

(7,112,133円-2,592,760円-150,000円)×1/2=2,184,681円

三、以上の次第で、本件課税の決定については何等の違法もないから本訴請求は失当である。」

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告が昭和三二年六月五日株式会社白鍛工所に対し本件土地を代金一、八〇〇、〇〇〇円で売渡したが、右売却による譲渡所得は零として所得税の申告をなさなかつたこと、被告が昭和三三年一〇月六日本件土地の譲渡価額を七、一一二、一三三円と認定し、原告の昭和三二年度総所得金額を給与所得五四六、九〇〇円、譲渡所得二、一八四、六〇〇円合計二、七三一、五〇〇円、同税額を八八〇、二六〇円、給与所得に対する源泉税額を六六、一四〇円、納付すべき税額を八一四、一二〇円、無申告加算税額を二〇三、五〇〇円とする旨の決定をなしたことはいずれも当事者間に争がない。

二、しかして右被告のなした決定中給与所得に関する部分の決定は原告の争うところではなく、所詮本訴の争点は本件土地の譲渡時における価額如何ということに帰着するので以下この点について判断する。

成立に争のない乙第六号証、同第七号証の一、二によると、

被告は相続税及び贈与税における宅地の評価につき昭和三〇年四月三〇日附国税庁長官通達(乙第六号証)に基き、当該宅地と状況が類似する宅地の売買実例価額、精通者の意見価額等を参酌して路線価、すなわち、経済事情の類似する一連の宅地に面する路線(不特定又は多数の者の通行の用に供されていない通路を除く)ごとに、路線に面している一連の宅地のうちほぼ中央部に位し、当該一連の宅地で繁華街、商業地域、住宅地域、工場地域別に最も中庸と認められる各地域別の奥行間数を有する矩形又は正方形の宅地(以下標準宅地という)の一坪当りの価額を定めていて、右路線価を譲渡所得等算定のための宅地の評価にも採用していること、右路線価を決定するについては、工場地域を除く繁華街等の前記他の地域では、奥行間数が多い場合にも当該宅地の全部につきその路線価を適用することが宅地利用の性質上不当であることに鑑み、奥行間数の増加に伴い一定の割合で路線価を逓減する“奥行に応ずる調整”及び正面のみならず側方或いは背面が路線に面する場合等の“路線の数に応ずる調整”等も考慮されていることが認められる。

右事実によれば、前記国税庁長官通達による路線価方式は譲渡所得算定等の場合の宅地評価方法として合理的且つ妥当なものということができる。

次に、前掲各証拠に、前記乙第七号証の一、二によりその成立を認める乙第一号証の一乃至四、いずれも成立に争のない乙第二号証、同第三号証の一乃至四、同第四号証を綜合すれば、

被告は昭和三一年度路線価決定の参考とするため、精通者住友信託銀行福岡支店、長谷川弘、西日本相互銀行本店、下司正熊の四名に依頼して昭和三〇年一〇月一日現在における各標準宅地の価格(坪当り)の鑑定を求めたところ、本件土地評価の標準宅地である福岡市中比恵町一〇七番地の一につき、それぞれ一〇、〇〇〇円、九、〇〇〇円、七、〇〇〇円、七、〇〇〇円(平均八、二五〇円)、同所七九番地につきそれぞれ一〇、〇〇〇円、八、〇〇〇円、六、〇〇〇円、四、五〇〇円(平均七、一二五円)、同所七三番地につきそれぞれ一〇〇、〇〇〇円、八、〇〇〇円、五、五〇〇円、六、〇〇〇円(平均七、三七五円)との答申があつたので、被告は被告のなした調査及び全国的均衡等をも考慮して右標準宅地の、したがつて本件土地の路線価を五、六〇〇円と定めたこと、昭和三二年度の路線価を決定するに当り、被告は昭和三一年度における標準宅地のうちから代表的と思われる標準宅地を選択して前記精通者四名に昭和三一年一〇月一日現在における右宅地の価格の意見を求めたところ、本件土地の附近にある(イ)福岡市三社町二六番地については、それぞれ一五、〇〇〇円、一一、〇〇〇円、一三、〇〇〇円、一五、〇〇〇円(平均一三、五〇〇円)、(ロ)同市中比恵町七〇番地については、それぞれ一〇、〇〇〇円、一〇、〇〇〇円、五、〇〇〇円、一〇、〇〇〇円(平均八、七五〇円)、(ハ)同市音羽町九二番地については、それぞれ一五、〇〇〇円、一二、〇〇〇円、六、〇〇〇円、一〇、〇〇〇円(平均一〇、七五〇円)であつたこと、なお右の(イ)、(ロ)、(ハ)の昭和三〇年一〇月一日現在における前記精通者四名の意見は、(イ)につきそれぞれ一五、〇〇〇円、九、〇〇〇円、一四、〇〇〇円、八、〇〇〇円(平均一一、五〇〇円)、(ロ)につきそれぞれ一〇、〇〇〇円、八、〇〇〇円、五、五〇〇円、六、五〇〇円(平均七、五〇〇円)、(ハ)につきそれぞれ七、五〇〇円、八、〇〇〇円、五、〇〇〇円、七、〇〇〇円(平均六、八七五円)であつたこと、被告は右精通者意見と被告のなした調査、知識等を綜合して、昭和三二年度における本件土地を含む標準宅地の価額を一応一二、〇〇〇円とし、更に国税庁長官から示達された博多税務署管内の最高路線価を基にして調整した結果、右一二、〇〇〇円の六六パーセント相当の七、九〇〇円をもつてその路線価と決定したものであること、被告は、本件土地が正面のみ道路に面する矩形の宅地であり且つ工場地域にあるので(この点については弁論の全趣旨に徴し当事者間に争がない)、繁華街等他の地域で考慮される前記“奥行に応ずる調整”もその必要がないところから、単に路線価七、九〇〇円に本件土地の総坪数九〇〇、二七を乗じた七、一一二、一三三円をもつて本件土地の譲渡時における価額と定めたことがそれぞれ認められる。

右事実並びに前段認定の事実を綜合すると、被告の採用している本件土地に関する昭和三二年度路線価は合理的に正確に作成されていると認められるから、被告が右路線価に基き本件土地の譲渡時の価額を前記のとおり算出したのは相当であるというべきである。

ところで、原告は地方税法により適正な時価とされている固定資産税課税標準価格をもつて所得税法におけおける譲渡価額となすべき旨主張し、本件土地の昭和三二年度固定資産評価額が一、〇一七、一六〇円であることは当事者間に争がなく、地方税法及び同法に基く自治庁長官の市町村長に対する固定資産評価の技術的援助である“固定資産評価基準”(昭和三二年六月一四日自乙市発第四九号による改正前のもの)によると、結局本件土地の如く市街地的形態を形成している地域では宅地路線式評価法により宅地の評価をなすとあり、右評価法によれば、地方税法の固定資産の評価も被告の算定基準である前記路線価方式による評価と略同一の方法とみられるのであるが、固定資産税と所得税とは、例えば前者が資産の継続的な使用収益による収入に対する課税であるのに対して後者が資産の処分による一時的収入に対する課税であるように、その課税の性質目的を異にするものであるから、資産評価の算定方法も自ら違つてくるものと認められるうえに、前記評価基準はあくまで技術的援助としての基準にとどまり、必ずしも評価の決定者である市町村長を拘束するものとはいえないので、本件土地の固定資産評価額が如何なる方法で算定され決定されたかについて原告の主張立証のない以上、地方税法では右評価額が適正な時価とされているからといつて、右評価額をもつて直ちに所得税法における譲渡時の価格となし得ないこと明らかである。

とすれば、本件土地の譲渡価額は、所得税法第五条の二第二項、同法施行規則第二条により被告が譲渡価額とみなした譲渡時の価額七、一一二、一三三円であつて、原告が売渡した価額一、八〇〇、〇〇〇円によるべきではないというべきである。

そこで進んで、譲渡所得について算定することとする。

本件土地は、資産再評価法第九条により再評価がなされたとみなされるものであり、その譲渡所得の課税標準は、所得税法第一〇条の四第二項第二号、同法第九条第一項同項第八号により、譲渡価額から再評価額及び一五〇、〇〇〇円を控除した金額に一〇分の五を乗じて得られる金額であるところ、これを本件に適用すると、原告が本件土地を財産税調査時期以前に取得していることは弁論の全趣旨に照し当事者間に争がないので、その再評価額は、資産再評価法第二一条第二項により財産税評価額六四、八一九円(賃貸価格八一〇円二四銭の八〇倍―賃貸価格及びその倍数については弁論の全趣旨に徴し当事者間に争がない)を四〇倍した二、五九二、七六〇円であるから、前認定の譲渡価額七、一一二、一三三円から右再評価額二、五九二、七六〇円及び一五〇、〇〇〇円を控除した四、三六九、三七三円に一〇分の五を乗ずると二、一八四、六八一円が得られ、国等の債権債務等の金額の端数計算に関する法律第五条により右金額の百円未満の端数を切り捨てると、譲渡所得の課税標準は、被告の決定と同一額の二、一八四、六〇〇円となるから、被告のなした譲渡所得額の決定は正当である。

三、最後に、税額の決定の当否について判断する。

被告の決定にかかる原告の昭和三二年度総所得金額二、七三一、五〇〇円(前段認定の譲渡所得額二、一八四、六〇〇円と前記当事者間に争のない給与所得額五四六、九〇〇円との合算額)から所得税法第一二条、昭和三二年三月三一日法律第二七号附則第三項により基礎控除八七、五〇〇円を控除すると(なお前記のように原告から確定申告書の提出がないので所得税法第二八条により扶養控除等の適用がない)、原告の課税総所得金額は二、六四四、〇〇〇円となり、右課税総所得金額に対する所得税額は、所得税法第一三条第一項、昭和三二年三月三一日法律第二七号附則第四項別表第一(3)により、右二、六四四、〇〇〇円に百分の四四を乗じた金額から二八三、一〇〇円を控除して得られる八八〇、二六〇円であること被告の決定額のとおりである。

なお、原告は確定申告書を提出していないで所得税法第五六条第三項第三号により無申告加算税が課せられることとなるわけであるが、被告は昭和三二年度の確定申告の期限である昭和三三年三月一五日の翌日から三ケ月をこえる同年一〇月六日に原告の総所得金額等を決定し、その頃その旨原告に通知をなしているので(右通知をなしたことについては弁論の全趣旨に徴し当事者間に争がない)、本件無申告加算税は、前記所得税額八八〇、二六〇円から源泉税額六六、一四〇円(源泉税額については弁論の全趣旨に照し当事者間に争がない)を控除したいわゆる不足額八一四、一二〇円につき、所得税法第五六条第六項、第五四条第四項により、その千円未満の端数を切り捨てた八一四、〇〇〇円に百分の二五を乗じて得られる二〇三、五〇〇円であつて、右は被告のなした決定と同一額である。

四、以上のとおり、被告が昭和三三年一〇月六日附をもつて原告の昭和三二年度所得税等についてなした本件決定には何等違法の点はないといわねばならない。

よつて、右決定の違法を理由としてこれが取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 村上悦雄 金田育三)

(物件目録省略)

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